諏訪大社は、日本一の末社数を誇る諏訪神社の総本社であり、国内にある最も古い神社の一つとされています。上社(本宮・前宮)と下社(秋宮・春宮)の二社四宮で成り立ち、古くは風と水の守護神、五穀豊穣を祈る神、武勇の神として広く信仰されていたといいます。
諏訪造りと呼ばれる本殿をもたない建築様式で、社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ばれる巨大な木柱が立つ様は壮観です。配置も独特の形を備え、社殿の多数が重要文化財に指定されています。
また、諏訪大社にまつわる祭事が数多くあり、なかでも「諏訪大社式年造営御柱大祭」(長野県無形民俗文化財)、通称「御柱祭」は全国的にも広く知られた諏訪大社最大のお祭り。「御柱祭」は7年目毎の寅と申の年におこなわれ、日本三大奇祭のひとつにも数えられています。
諏訪大社上社は、古くは風と水の守護神、五穀豊穣を祈る神、武勇の神として広く信仰されていたといいます。
現在は生命の根源・生活の源を守る神として御神徳は果てしなく大きいとされ、多くの方が参拝に訪れます。
諏訪造りと呼ばれる本殿をもたない建築様式で、社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ木柱が立ち、配置にも独特の形を備え、社殿の多数が重要文化財に指定されています。
ここ上社には、「明神湯」と名付けられた、温泉の出る御手洗があります。
温泉の多い諏訪ならではのスポットです。
明神湯は、北参道から諏訪大社上社本宮に入ってすぐ左にあります。
龍の口から流れ出る冷たい水の御手洗も並んでいますが、
温泉でのお清めもぜひ体験してみてください。
諏訪大社上社本宮の北参道から大鳥居をくぐり、拝殿へあがる石段の手前を左にいくと
「天流水舎(てんりゅうすいしゃ)」があります。
天流水舎の宝殿は、上社七不思議のひとつ「宝殿の天滴」という言い伝えがあります。
宝殿の天滴・・・
どんなに晴天が続いても上社宝殿の屋根の穴からは1日3粒の水滴が落ち、
日照りの際にこの水滴を青竹に入れて雨乞いすると必ず雨が降ったという言い伝えのこと
天流水舎の建物内は見ることができませんが、水にまつわる不思議なお話です。
前宮(まえみや)があります。
諏訪大社上社前宮本殿は、御祭神が初居を構えられた、
諏訪信仰発祥の地と伝えられています。
現在の社殿は昭和七年伊勢神宮の御用材で建てられたもの。
(諏訪大社上社前宮本殿は、鳥居から200mほど登った高台に位置しています)
諏訪大社上社前宮本殿のむかって左脇、山中より湧出する清流。
古くより「すいが」と呼ばれ、前宮の神域を流れる御手洗川となり、
昔からご神水として大切にされてきたといいます。
式年造営御柱大祭(しきねんぞうえい みはしらたいさい)。通称「御柱祭」(おんばしらさい)。諏訪大社で7年目毎(寅と申の年)の春に行われる祭。
山中から切り出した御神木を、数千人の氏子が諏訪大社各境内まで曳(ひ)き出す、諏訪地方あげての一大行事です。
諏訪大社上社では、本宮4本・前宮4本の計8本の御柱を長野県諏訪地方の各地区がそれぞれ担当となり、各宮まで曳行し、社殿の四方に建てられます。
担当の御柱は諏訪大社上社本宮での抽籤式(当年の2月15日)によってくじ引きで決まります。
「山出し」 4月開催
御柱を山から里へと曳く「山出し」が4月初旬におこなわれます。
山出しは茅野市と原村境の綱置場(つなおきば)がスタート時点で、安国寺の御柱屋敷と呼ばれる場所まで約12kmを曵行します。
~山出しの見どころ~
難所「穴山の大曲」
茅野市穴山地区の道が狭く屈折している場所、通称「穴山の大曲」。
めどでこがついた巨大な御柱をスムーズに通過させるのは難しいのですが、
木遣り(きやり)の声を合図に、曳き綱を引き、てこ棒をかませながら
御柱はこの難所を通過していきます。
木落とし坂
茅野市宮川小学校の脇に位置する斜度約30度の木落し坂。
大勢の若衆をめどでこに乗せたまま、
御柱が木落とし坂を下ります。
いかにV字のまま美しく落とせるかが重要視されています。
宮川の川越し
茅野市中河原と安国寺の境にある、幅約40mの宮川を渡ります。
御柱を宮川の雪解け水で清める意味があるといわれ、
冬の名残のある冷たい川を御柱や氏子が横断していきます。
「里曵き」 5月開催
山出しから1ヶ月後。御柱は「里曵き」を迎えます。
御柱屋敷から諏訪大社各宮までの道中(御柱屋敷から前宮は1km弱、本宮は2.5km)をゆっくりと曳行していきます。
山出しとは趣を変え、騎馬行列や長持ち、花笠踊り、龍神の舞などが繰り出され、豪華絢爛!
御柱が各社殿四隅に建てられ、フィナーレとなります。
毎年9月15日、諏訪大社上社で青年力士11名が化粧まわしを着けて輪になり、伝統の相撲踊りを奉納する神事。
古来諏訪神社の神事祭礼としておこなわれ、現在は神宮寺の青年により伝承されています。
平成20年長野県無形民俗文化財に指定されました。